1950年代のSF作品と私たちの時代~#スタニスワフ・レム『泰平ヨンの航星日記』を紹介します

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 新刊書の話題を挙げたのは、今回紹介したい本との関連でということもあります。たとえば経済学の新刊書をフォローしておりますと、それらの中で気候変動や人工知能をめぐる問題を取り上げている本に多く接するようになってきたと感じています。別な表現をすれば、気候変動の本、あるいは人工知能の本を目標に探しにいった際ではなく、経済学の棚でそれらテーマを扱った研究にふれることが増えてきたということです。

 意図せずして、お目当ての本にたどり着くという話でいえば、こんなこともありました。くまねこ堂では、ハワカワ文庫、創元推理、サンリオといったSF文庫を積極的に取り扱っていますが、そこに含まれたSF作品は現代の問題を、意外にも正面から映し出しているものが数多くあるようです。前述したように私たちの時代の問題が気候変動や人工知能をめぐる分野にあるとするなら、とくに1950-60年代に発表された技術と人間と関係性を扱ったSF作品が、重要な作品としてリストアップされていくのではないか、という感じがしています。

 そうしたかつてのSF作品の重要性や現代的意義を認識したのは、 デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』酒井隆史、芳賀達彦、森田和樹訳(岩波書店、2020年)を読んだからです。同書終章で、スタニスワフ・レムの「泰平ヨンの航星日記 第24回の旅」が取り上げられています。

 少し入り食った話題の提示となってしまいましたが、そうなった理由は、以下のような関心からの読書に基づいています。

 ・近年の経済問題を扱った本では、気候変動と人工知能をめぐる問題の比重が増しているようだ。
 →それら研究は、大量生産・大量消費が雇用の確保と結びついてきたこれまでの経済のあり方を問題にしているのではないか。
 →身体的、精神的とも過酷な労働を継続していると、ストレス発散のための散財をしたくなるのではないか?こういう大量消費を招く働き方を減らすことが、本当の意味での「働き方改革」に違いない。
 →だから、「クソどうでもいい仕事の理論」の書がすでに出ているではないか。なぜもっと早く精読しなかったのか!
 →しかも、グレーバーはレムの「泰平ヨンの航星日記 第24回の旅」に言及しているではないか。なんでSF文庫が身近にあったのに、それらをこれまで読んでこなかったのか。

 そういうわけで、まずは、ブログでレムの「泰平ヨンの航星日記 第24回の旅」を取り上げようと考えました。

泰平ヨン

 右側は、ハヤカワ・ポケット版1967年刊の『泰平ヨンの航星日記』です。袋一平氏によるロシア語版からの翻訳になります。それゆえ、レムのファーストネームが、原典ポーランド語のスタニス「ワ」フではなく、スタニス「ラ」フと表記されています。ロシア語版からの重訳とはいえ、この袋一平訳版は装丁や本文中の挿絵が豊富で捨てがたいところがあります。

泰平ヨン▲両方の版の、「第24回の旅」。挿絵のある旧版も捨てがたい。

 左側のハヤカワ文庫版は、2009年に刊行された深見弾と大野典宏による改訳版です。レム『泰平ヨンの航星日記』は初出の1954年から2003年の最終版にかけて、数回の増補改訂版が出版されています。この改訳版では、それら経緯をふまえ、かつ原典ポーランド語から翻訳されたものです。

 著者のレムは、1921年生まれのポーランドのSF作家です。『泰平ヨンの航星日記』に収められている作品は、1953-1966年の間の時期に発表されたものです。この時期は、米ソ冷戦の緊張の高まりや安価な化石燃料を前提とした工業生産の急拡大に象徴される時代ではないでしょうか。SFを通じて人類の将来を問う形で、レムが次々に作品を発表し続けたのも、こうした時代背景と無縁ではないでしょう。そして、レムが主題としたことは、私たちの時代にあっても未解決もままであり、かつより身近でリアルな問題になりつつあります。

 たとえば改訳版『泰平ヨンの航星日記』の解説によれば、1953年発表の「第24回の旅」は「技術の暴走と権力支配手段としての技術」が扱われているとのことです。ここでは、ある惑星の「技術の暴走」前の時代が、次のように設定されています。それは、労働の対価である賃金が生活費となり、労働者が必要な商品を購入することで経営者の利益が生まれるような経済の循環を持っていた時代でした。しかし、自動機械が発明されると、労働者抜きで商品の生産が可能となり、大量の失業者が発生します。しかもそれによって商品を買う人々、すなわち労働者であって消費者でもあった人々が餓死していったことで、経営者も利益が出せなくなっていきました。経営者側は、この問題への対応として、消費者役のロボットを利用するようになりました。労働者が自動機械に置き換えられたように、消費者も自動機械に置き換えられたのです。当然失業者となり餓死寸前の人々は、消費者ロボット向けに生産された商品を狙って暴動を起こすようになりました。この物語は、民衆暴動への対処として、さらにトンデモない発明が重ねられることで、終末に向かっていきます。

 私たちが「第24回の旅」のある惑星の運命に向かって進んでいる可能性は、否定できません。1953年にレムが作品化したように、人間の労働を抜きにした大量生産は現在、産業分野によっては現実のものとなっています。そうすると、現行の経済システムに手をつけないままで場当たり的な対処しか打てないのなら、労働者が自動機械に置き換えられたように、消費者も自動機械に置き換えられる日も近いかもしれません。レムの作品では、この段階から急速に破滅への道へ進んでいく形になっています。

 そうした事態を避けるためには、生活費と賃金との結びつきが鉄の法則がなどどいうこれまでの思い込みを打破した先に別の暮らし方があるのでは、といったことを考えなくてはならないでしょう。その最初の一手は、グレーバーが論じた「ブルシット・ジョブ」、すなわち「クソどうでもいい仕事」をなくすことなのだ、と思うのですが、いかがでしょうか。

カール・ポランニー▲ギャレス・デイル『現代に生きるカール・ポランニー――「大転換」の思想と理論』若森章孝、東風谷太一訳(大月書店、2020年)。

 あわせて、市場経済の成立、それを支える「食うために働かなくてはならない」労働者の誕生は、しばしば自由と結びつけて語られる市場経済のイメージとは違って、かなり不自然な権力行使によって生み出されたものだ、という見解があります。これは『大転換』の著者、カール・ポランニーが論じたことでもあります。別の機会に、この点について取り上げた記事を投稿したいと考えています。

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小野坂


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