持込で囲碁の本などをいただきました!並びに源氏物語における囲碁について

秋めいてきました。最近は、事務所から帰る時、大通りに出て視界が開けると、思いがけず見事な月と出くわします。あたら夜ですねえ🌕

先日は持込での買取がございました。囲碁の本などをいただきました!

いただいた本を眺め、自分は囲碁については全く知らないなあと気付きましたので、以下、少し調べてみました。

日本棋院のHPを見てみます。それによれば、囲碁のはじまりは、四千年前くらいの中国だとのことです。ただ、チベット発祥説やインド発祥説もあり、はっきりはしていないようです。そして、論語・孟子には、既に囲碁についての記述があり、また、「隋書」倭国伝には「倭人」が囲碁を好むと記されていることから、その頃には日本でもう広まっていたことがわかる、とのこと。「古今和歌集」「枕草子」「源氏物語」にも囲碁は登場するということですから、日本での囲碁の歴史は相当古いとわかります。

文学作品にも囲碁が登場しているとのこと、興味がわきました。例えば、「源氏物語」には、どのように囲碁は出てくるのでしょうか。そして、その登場にはどのような意味があるのでしょうか。

以下は「源氏物語」「空蝉」巻からの引用です。

…「昼より西の御方の渡らせたまひて、碁打たせたまふ」と言ふ。さて向ひゐたらむを見ばやと思ひて、やをら歩み出でて簾のはさまに入りたまひぬ。この入りつる格子はまだ鎖さねば、隙見ゆるに寄りて西ざまに見通したまへば、この際に立てたる屛風端の方おし畳まれたるに、紛るべき几帳なども、暑ければにや、うちかけて、いとよく見入れらる。(「空蝉」①119p)

「昼から西の対のお方がお越しになって、碁を打っておいでです」と言う。君は、そのようにして向い合っている姿を見たいものだと思って、そっと妻戸から歩み出でて、簾の隙間にお入りになった。先ほど小君が入った格子はまだ閉じていないので、隙間の見える所に近寄って、西の方をお見通しになると、格子のそばに立てた屛風も、端のほうを畳んであるうえに、目隠し用の几帳なども、暑いためか帷子をまくり上げてあって、まことにうまい具合にのぞきこむことができる。

引用は全て、『新編日本古典文学全集』(小学館)から行っています。現代語訳も同じくです。

源氏物語 全集

源氏が空蝉と軒端荻を、こっそりと覗いている場面です。以前一度逢った空蝉を忘れられない源氏が、空蝉の弟の小君に導かれて、空蝉のいる邸まで来ているのです。そして、軒端荻と一緒に空蝉が囲碁をしていると聞き、二人が向き合っているところを見たいと思い、覗きます。見られている二人は、源氏に気付いていません。

この場面の碁について考える時、松井健児の「碁を打つ女たち」(『源氏物語の生活世界』2000年・翰林書房)の記述が参考になります。

源氏物語 学術書

以下、松井「碁を打つ女たち」の該当部分を拾ってみます。

松井は、「枕草子」で「遊びわざは、小弓。碁。さまあしけれど、鞠もをかし。(204段)」とされているように、囲碁が当時「遊びわざ」、現代語に訳すなら「遊戯」の典型として認識されていたことを指摘します。また、「源氏物語」では、「遊びわざ」は「権力を形成する場からは無縁なところで、平穏に行われる(p63)」ものであり、「それを主に担うのは、社会的にも未熟な若い女性や子供たち(p63)」であることも、用例から明らかにしています(同「宮廷文化と遊びわざ」参照)。そして、空蝉と軒端荻が、源氏から垣間見をされていることから、そこで語られる彼女達は、男性の視線から語られる受け身の女性でしかないとしています。垣間見とは、見る側が、見られる側を、一方的に見る行為だからです。

以上から、先ほど挙げた場面で源氏に垣間見されながら囲碁を行う空蝉と軒端荻は、男性の視線の枠組みの中で「はかなき戯れごと」を行う女性達として語られ、また源氏の生活圏に収まる、危うげない女性達とされていると述べています(62p)。

ここまで、松井論文を見てきました。空蝉と軒端荻が囲碁をしているところを源氏が垣間見することは、源氏と彼女達が非対称な力関係あることを示している、ということがわかりました。それは、囲碁が「源氏物語」中で、女や子供のする、取るに足らない遊びとされていること、また垣間見が男性からの一方的な行為であること、を意識すると理解できるものでした。

実際、先ほどの記述の続きには、源氏視点による空蝉と軒端荻の様子がずっと語られます。次にあげる部分は空蝉についてですが、

…頭つき細やかに小さき人のものげなき姿ぞしたる、顔などは、さし向かひたらむ人などにもわざと見ゆまじうもてなしたり。手つき痩せ痩せにて、いたうひき隠しためり。(「空蝉」①120p)

…頭つきもほっそりと小柄な人が、目だたぬ姿でいる、その顔などは、差し向いの人などにさえもまともには見えないようにことさらに気をつけている。碁石を置く手つきもひどく細やかで、しきりに袖でひきつくろい隠しているようである。

源氏がその人の姿形、仕草について、じっくり観察していることがわかります。見られている側はそれを知らないので、源氏が優位にいて、源氏ばかりが知っていくのです。そして彼女達は囲碁を打っており、それによって源氏が庇護すべき女性、か弱い女性、という印象が与えられるからこそ、源氏のこのような執拗な観察も可能になるのでしょう。

そして以下は自分の感想ですが、囲碁をするところを源氏に垣間見されるのが、空蝉と軒端荻であることには、とても納得感がありました。彼女達は「中の品」の女性です。源氏が男友達から「中流階級の女性にもよい人はいるのだ」ということを聞いて興味を持ち、貴公子らしからぬ冒険をしている中で出会う女性達なのです。源氏が今まで逢ってきた身分の高い女性達とは違う、生活感を演出するのに囲碁はぴったりでしょう。そして垣間見されるのが、女性が囲碁をしているところであるなら、その人との出会いが源氏を揺るがすことはないだろうことも感じられます。

例えば、第二部で、柏木が女三宮を、また夕霧が紫上を、垣間見するところで、彼女達は囲碁なんかしないだろうなあ、と思うのです。その二つの垣間見は、源氏が権力を得て上り詰めた後の物語で、六条院世界を揺るがすものです。老いの見え始めた源氏に対する、若い男達のチャレンジを予感させる不吉な垣間見です。源氏の妻達が見られてしまうのですから。彼の秩序立てた世界が、内側から崩れるのではないかと思わせるものなのです。そんな重大で、暗い力を持った垣間見には、囲碁は出てこないでしょう。

以上、松井健児「碁を打つ女たち」に導かれながら、「源氏物語」に出てくる囲碁について、ほんの少しだけ、考えてみました。「源氏物語」の全ての囲碁場面をさらうこともできていませんし、垣間見の比較もできていません。でも、文学作品の中の囲碁という、何となく読んでいるだけでは見過ごしてしまうものの意味を考えられたのは、面白かったです。

松井論文では、「源氏物語」の他の囲碁場面についても論じていますので、ご興味がある方はお読みになってみてください。

以上、囲碁の本をお譲りいただいたことから、囲碁の歴史と「源氏物語」に出てくる囲碁について、述べてみました。拙いですが本日のブログといたします。

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参考
日本棋院HP:囲碁の歴史 | 囲碁学習・普及活動 | 囲碁の日本棋院 (nihonkiin.or.jp)

買取品目・ジャンル 持込・囲碁の本/古典・国文学・学術書
商品名・作品名 源氏物語・『新編日本古典文学全集』・松井健児『源氏物語の生活世界』(2000年・翰林書房)

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