巧みな物語を味わう―シオドア・スタージョン『影よ、影よ、影の国』ご紹介―

自分の頭の中では、8月31日までが夏休みだと思っていたのに、最近はそれより前に新学期が始まってしまうらしいですね。8月31日の情緒はどこへ…。

まだ夏休みの方はゆっくり読書ができる時間もあるでしょうか。今日はこちらの書籍を紹介したいと思います。シオドア・スタージョン『影よ、影よ、影の国』(村上実子訳・朝日ソノラマ文庫・昭和59年)です。短編集になります。

朝日ソノラマ シオドア・スタージョン

こちらを自分はとあるカフェバーで読みました。シオドア・スタージョンが好きな店主が、たくさんSFを置いている店です。飲みながら、くつろぎ空間で読書をするのはなかなかよいです。
自分はそこでは表題作「影よ、影よ、影の国」を読んだだけでしたが、この作家の魅力をなかなかに感じました。シオドア・スタージョン、自分はそのカフェバーで読んだのが初めてでした。素敵な出会いでした。

表題作「影よ、影よ、影の国」は、義母に「悪い子」だとされて罰として玩具を取り上げられ、自室に閉じ込められた少年が、影絵で遊んでいるお話です。無垢な心の残酷を感じる物語です。
その怖さの一因には、主人公の少年の視点で物語が進んでいくことが挙げられます。こういう記述が巧みなのです。

例えばこの物語での義母についての記述を見てみましょう。以下における「彼女」が義母です。

「どうしてまだベッドに入ってないの」彼女は両手を打ち合わせた。それは棒を折るような、乾いた音をたてた。びっくりしたボビーはベッドに飛び込み、あごまでシーツを引き上げた。前にはそういう事をすると、温かい頬とやさしい声をした人が来てくれたものだったが、それももうだいぶ昔のことになってしまった。(10ページ)

「温かい頬とやさしい声をした人」はボビー少年の生母でしょう。彼は本当の母親を懐かしがっています。ボビーは彼女に愛されていた実感があった。しかし、その生母がいなくなってやってきた新しい母親は、「棒」とか「乾いた」という表現とともに形容されています。ここからは、彼が義母を嫌っていることがよく伝わります。少年が義母に魅力ややさしさを感じていないことを、直接に述べずに、生母の記憶や彼女の姿形の記述で示すこと、上手いです。

食事の場面での記述も技を感じました。以下はボビーが義母の出すオートミールを食べているところです。

彼は茶かっ色のドロドロの中に、柄まで埋まっているスプーンをみつけて、食べ始めた。それには砂糖が全然かかっていなかった。
「たぶん、おまえ、あたしにお砂糖を少し持って来て欲しいんじゃない?」少したってから彼女がいった。
「ううん、いらない」それは本当だったが、ボビーはなぜグエンママが、ひどく怒った顔をして、やがてがっかりしたように見えたのだろうと不思議に思った。(17ページ)

「茶かっ色のドロドロ」「柄まで埋まっているスプーン」という言い方には、それを提供する義母への嫌悪が感じられます。義母はそれを意識していないのかもしれないですが、ボビー少年から見た世界だけが記述されることで、義母はとても意地悪な人になっています。続けて、砂糖をいらないと言ったボビーに対して、義母は怒り、がっかりしたとありますが、ここもボビー少年の目線での記述であるので、それは「不思議」だという帰着をしています。読者は、義母の義理の息子への複雑な心情を察することができますが、物語はボビーの視点からのものなのでそのような配慮の記述はありません。義母は冷たくていじめてくる悪い人であるとして物語から断罪され、一切救われないのです。そこが物語に、残酷さを纏わせています。

以下でも、義母として揺れる彼女の切実な言葉は、少年によって理解不能なものとして処理されています。彼女は罰を受けさせた少年がけろりとしているので次のように怒ります。

「いったいどうなってるのよ。おまえは怖いってこともわからないほどまぬけなの?あたしに、下へ行かせてくれって頼むことも思いつかないほどまぬけなの?泣くことも出来ないほどまぬけなの?おまえ、なぜ泣かないの?」
ボビーは丸い目を見開いて、グエンママをみつめた。
「ぼくがお願いしても、下に行かせてくれなかったでしょ。だからぼく、お願いしなかったの」ボビーはオートミールを少しすくった。「ぼく、泣きたくなかったんだ、グエンママ。悲しくなかったんだもん」
「おまえは悪い子で、罰を受けているのだから、悲しいはずなの!」彼女はひどく怒っていった。彼女はそのかたいまっすぐな手で、憎らしげにスイッチをたたいて灯を消し、ドアをピシャッと閉めて出て行った。(18ページ)

義母は、自分が少年に影響を与え、その泣かせたり悲しくさせたりできるのだと実感することで、家での自分の存在を確かめたかったのでしょう。彼女には、新しくできた家族に、自分を大切にしてほしいという思いがあるのでしょう。しかし、少年をいじめても、彼は思ったような反応を示さない。だから少年にもっと意地悪をする。その連鎖に、彼女は苦しんでいる。自分の存在が軽んじられているようで。そんなことを読者は、この彼女の叫びから感じ取るはずです。
しかし、やはりこの物語はボビーの視点からのものであるので、その彼女の苦悩を掘っていくことはありません。彼女は「かたいまっすぐな手」しか持たない魅力のない人で、「憎らしげ」「ドアをピシャッと」と形容されて、悪い人の役割を負い続けます。

このブログでは物語の結末には触れませんが、終わりも同様に、少年目線の物語であることの残酷がよくわかるものとなっています。義母が苦しんでいることはその発言で読者にわかるようにしながら、物語としては少年のもので、彼女の苦悩に無知のまま、彼女に悪役を任せ罰を与えていくような記述です。上手だなあ、物語だなあという感動があります。とても短い作品でありながら、満足感がありました。

この文庫『影よ、影よ、影の国』には、シオドア・スタージョンの他の短編も収録されています。そちらも読んでみたくなりました。
巧みな物語、皆さまも夏の終わりに味わってみるのはいかがでしょうか。

本日はシオドア・スタージョン『影よ、影よ、影の国』(村上実子訳・朝日ソノラマ文庫・昭和59年)をご紹介しました。

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