柴田是真~幕末明治の稀代の蒔絵師!

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人気ブログランキングへ   現在4位です(本・書籍部門)、どうもありがとうございます!   というわけで、昨日は根津美術館へと足を運び 「ZESHIN 柴田是真の漆工・漆絵・絵画」(2012年11月1日(木)~12月16日(日)) を見てきたのであります、素晴らしかったです!! お客さんもたくさん来ていて、是真ファンとしては嬉しい限りでありました!:hoshi1: 柴田是真(しばた ぜしん・1807~1891)は、 幕末から明治にかけて活躍した蒔絵師、日本画家です。 従来の蒔絵師とは異なり、下絵から蒔絵までの全工程を 自らの手で一貫して手がけることにより(普通は分業制)、 粋なデザインと卓越した技巧で、独自の大変優れた作品を生み出しました。 是真は、欧米では最もよく知られた漆芸家で、一定して高い評価と人気を得ています。 ところが戦後日本ではいったん”忘れられた”状況となり、 正当な評価を得ていませんでした(この理由については後で改めて取り上げます)。 そして1980年代以降になってようやく、外国からの評価の逆輸入という形で 国内でも徐々に再評価の道すじをたどり、近年その認知度は高まっているようです。 というわけで、今日は気合を入れてご紹介させていただきますっ!キリッ:hoshi1: ———————————————————– 是真の作品は、その技巧の素晴らしさももちろんなのですが、 デザインも大変粋ウイットに富んでいてステキなのです。 例えばこちらの軍鶏の文箱。 「軍鶏蒔絵文箱」 文箱のフタが駕籠のようになっているでしょう? これは、闘鶏で軍鶏を戦わせる前に 軍鶏に駕籠をかぶせて待機させる様子をあらわしているのです、 実に粋じゃあありませんか! ———————————————————– こちらの茶道具。 どう見ても、やきものに見えるでしょう? 「瀬戸写茶入」 ところがこれ、X線画像で調べたところ、なんと竹でできているのだそうで!:cat_5: 漆で、瀬戸茶入れの土や、釉薬の色や質感を精妙に模しており、 こういった「だまし漆器」ともいわれるいわれる是真の写しものは、 茶道具に多くみられるのだそうです。 お点前の場で、お客さんがこれをてっきり焼き物だと思って手に持ったときに、 「えっっ、なにこれっっ、軽っっ!!∑(゜ロ゜;;;)」 とビックリするのを楽しんだようですよ(笑) いやはや、お茶目で楽しいですねえ!:mrgreen: ———————————————————– かと思えば、こんなに静謐で美しい作品も。 「月薄鈴虫蒔絵額」(明治10(1877)年) 秋の夜の情景・・・静寂の中、美しい鈴虫の鳴き声が聞こえてくるようではありませんか。 「緩やかな土坡を高上げして黒蝋色塗とし、満月を銀蒔絵で、  崖から伸びる薄とそれに止まる鈴虫を黒蒔絵で表している。露は銀蒔絵。(図録より)」 大変繊細で、静かで美しい情景です。 これぞジャパニーズ ワビサビ! ———————————————————– そしてこちら、「だまし絵」なんですよ、わかりますか?8) 「漆絵花瓶梅図」明治14(1881)年 「一見すると、紫檀の板に、青磁の花瓶に生けられた梅の枝が描かれた漆絵額にみえる。  しかし、木製額とみえるのは、精巧に木目を模造した木目塗で、  地の紫檀の板とみえるのは変塗の一種、紫檀塗である。  作品の重さは約450グラムと驚くほど軽い。  木地に描いた漆絵の作品を、さらに漆絵で模造した、  二重の意味でだまされるトリックアートといえる作品である。(図録より)」 しかもこの作品制作時の是真の御年、75歳!お見事! ———————————————————– 是真は紙に漆で絵を描く「漆絵」を発明し、 絵画・工芸の枠組みを超えた活動を展開しました。 最後に、ワタクシ好みの可愛くてユーモラスな「漆絵」をご紹介!:mrgreen: 「漆絵画帖」より 高らかに唄いあげます、カエルさんの琵琶リサイタル!:lol: 琵琶が木の葉なのがまた良いですよね~~! 「あまりにも自在に筆を運んでいるので、一見、ふつうの絵画に見えてしまう。  それゆえ、「漆絵」だと気がついた時の驚きが心地よい。  しかも、そこには漆でしかできないさまざまな技法や表現が駆使されているのである。  (図録より)」 ———————————————————– これほど卓越した美術家である是真が、 なぜ日本国内では長年の間忘れられ、かえりみられなかったのか? 図録を読むと、その原因は意外な所にあったようです。 近代美術の動向は、明治から大正、昭和という改元ごとに”回顧”されたが、 第二次大戦後に近代の切り離しとともに始まったその歴史化、 つまり「近代日本美術史」の形成では、 大規模な史実の取捨選択、形成と削除が行われることになった。 そこでは民主主義化、新たな国際化という戦後の時代論理の中で、 西洋化を進めてきた東京美術学校や官展の流れがとりあげられる一方、 農商務省系の輸出美術、宮内省系の美術、戦争美術、植民地美術は、 一様に削除されたのである。 この史実の取捨が、文部省系の美術にからむことなく、その転換期に没した 是真と暁斎の歴史的位置づけに、大きなダメージを与えることになった。 「近代日本美術史」の形成と反比例するように、彼らは”忘れられて”いったのである。 (図録より) 是真はここでいう「農商務省系、宮内省系の美術」にあたるのでしょうから、 第二次大戦後の編纂で、意図的に美術史から削除されてしまったという事なのですね。 そしてもしもう少し後の時代まで生きていたら、 「文部省系の美術」にもからむことができただろうから そうすれば名前が忘れ去られることもなかっただろう、と・・・。 要するにこんなところにも、”タテ割り行政”による弊害が・・・ なんだかなーー!:kaminari:

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