クリスティーズのかたに伺った、日下部鳴鶴と呉昌碩のエピソード /東京都港区台場、千葉県流山市で、版画、清宮質文、靉嘔、茶碗、お茶道具、香合、印籠、姫印籠、懐中時計、万年筆、古銭、切手などお譲り頂きました


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先日、クリスティーズのかたにお会いする機会があったのですが、
色々と興味深いエピソードなどをお伺いすることができ、
貴重な時間を過ごさせて頂きました、どうもありがとうございました!

たとえば、日下部鳴鶴(くさかべ めいかく/1838年-1922年/日本の書家)と、
呉昌碩(ご しょうせき/1844年-1927年/中国の画家、書家、篆刻家)に関するエピソードです。

中国近代でもっとも優れた芸術家と評価が高い呉昌碩ですが、
生前は長い間苦しい生活を送らねばならず、
その名声が高まったのはようやく中年を過ぎてからのことだったそうです。
苦労人でいらっしゃったんですねえ(´`)

さてもう一人の登場人物、日本の書家である日下部鳴鶴は、
中林梧竹(なかばやし ごちく)、巌谷一六(いわや いちろく)と共に
明治の三筆と呼ばれる近代書道の確立者の一人で、
その門下生は3000人を数えたと言われるそうです。(ウィキペディアより)

さて、呉昌碩が、まだその名を馳せる前のこと。
中国を訪れていた日下部鳴鶴は、呉昌碩の素晴らしい才能を見抜き、
色々と作品を注文します。
呉昌碩はできあがった作品を手に、
日下部鳴鶴が宿泊していた高級ホテルに届けに行ったのですが・・・

呉昌碩はその頃はまだ有名になる前で生活も苦しかったこともあり、
作品作りをするときに着る服をそのまま着て行ったため
服がぼろぼろによごれてしまっています。
そのため、入口で呼び止められてしまいました。

ホテルの人 「ちょっとちょっと、そこのアナタ、困るよ入ってこられちゃ!(`´)」

呉昌碩 「え、、、でも、、、
      ここのホテルに泊まってる人に作品を届けにきたんですけど(;´`)」

ホテルの人 「困るんだってば!(`´)」

呉昌碩 「メイカク・クサカベという人に持ってきたんですよ、ご本人に確認して下さい!(TT)」

そしてホテルの人が確認をしまして、

日下部鳴鶴 「この人は僕の客人に間違いないよ!大事な客人なんだ(^^)」

とまあ、こんなことがあったそうでございます。
(注:具体的な会話の内容は、あくまでワタクシのイメージですが 笑)

ちなみに、日下部鳴鶴のお墓の題字も呉昌碩が書いているんだよと、
クリスティーズのかたがササッと絵を描いて説明をして下さいました
(さすがに絵、お上手でした(〃▽〃))。
このことからも、生前の2人の親交の深さが伺えますね。

 


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