昭和初期のシークレットシューズ広告 /東京都大田区と杉並区高円寺で、パソコン専門書、プログラミング技術書、学術書、ファンタジー、辞典、中国史、歴史書、資料本、ムック本などお譲りいただきました
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入荷品です。
昭和7年の郵便はがきです。
「純植物性シャンプー モダン髪洗粉:
お召物のまゝ手軽に洗へるのと どんなにお髪の多い方でも 落ちこぢれのないのとで有名な
モダン髪洗粉の本舗と 愛用者の松竹の 田中絹代さんです。」
おおー、田中絹代!当時まだ23歳、若いですね~~
でも絹代さんは、やっぱり洋装より和装のほうがしっくりくるなあ(*´∀`*)
左:明治メリーミルクコナミルク
右:森永ドライミルク
へえ~、もうこんな頃から粉ミルクってあったんだなあと思ったら、
Wikipediaによれば、1917(大正6)年に東京の和光堂薬局(現和光堂・(アサヒビール傘下))が
加糖全脂粉乳の「キノミール」を製造したのが最初なのだそうです、
そんなに前からあったんですね。
そして1921(大正10)年に日本練乳(現森永乳業)が「森永ドライミルク」の製造を開始、
1928(昭和3)年に極東練乳(後に明治乳業を経て、現在は「株式会社明治」)が
「明治コナミルク」の製造を開始したそうです。
「ファインゴム:
背を高くする秘訣として、私等はファインゴムを愛用してゐます。
背が高くなるばかりでなく、スッキリとして、少しも使つてゐる事が目立ちません。
どこへ行きましても目立たぬ流行として大評判であります。」
今でいうシークレットシューズですね!
当時の女性たちにこんな需要があったとは、驚きです ∑(゜ロ゜)
しかも裏面には、
「お買求めの時 キルク〇〇〇とかいふ すぐ痛むニセモノに御注意下さいませ。」
という記述が。
ニセモノが出回るほど、よく売れていたということですよね。
ちなみにモデルになっている美しい女性は、女優の川崎弘子(1912年 – 1976年)、
松竹蒲田のトップスターでした。
川崎弘子は1935年(昭和10年)に音楽家の福田蘭童と結婚。
福田蘭童は、わずか28歳で夭折した画家・青木繁(1882 – 1911年)の息子でしたが、
離婚歴がある上に麻雀賭博や結婚詐欺の疑いで何度も警察の厄介になっているような
人物であったため、2人の結婚は当時一大スキャンダルになったようです。
(ウィキペディアより)
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