高橋泥舟(幕末の三舟)の筆筒(2)
昨日の記事の続きです。
勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟(でいしゅう)の3人は、
幕末明治に活躍した幕臣で、
「この三人が協力して、戊辰戦争の際に江戸を戦火から救い、
内戦を回避して、外国(英仏)の介入をふせぎ、日本の独立を守った」
という功績を評価され、「幕末の三舟」と並び称されるようになったそうです。
しかし、勝海舟や山岡鉄舟に比べますと、
今回ゆかりの品が入りました高橋泥舟の知名度は、
残念ながら低いと思われます。
その理由の一つとして、泥舟が明治に入ると
「自分は徳川幕府につかえていたのだから、明治天皇には仕えない」
ときっぱり職を辞し、隠遁生活を送ったことが挙げられます。
それについて、竹内好はこう述べているそうです。
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高橋泥舟という人は槍の名人で慶喜の守護をやったわけだが、
そんなことはどうでもいいとして、その後に一度も明治政府に士官しないのです。
慶喜の護衛の役が終わったら、すっかり引退してしまった。
そして字がうまいし、絵もうまいので、書画で生活した。
いつ死んだかもわからないような消え方をした。
それが私は好きなんですよ。一種の非転向なんですがね。
過剰な任務を自分に課さないという、そういう生き方が、私は好きなんです。
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泥舟は明治以降は、書家の鑑定などをして生計を立て、隠遁生活を送りました。
晩年は髑髏の絵を好んで描いていたそうで、
「人間は最後はみんな髑髏になってしまうと考えれば、
生きているときの栄華とか美貌などにとらわれるのは嫌だ。
そんなものにとらわれる人間というのは愚かなものだ。」
という内容の随筆を残しているそうです。
しかしこういった、教科書や本の中でしか知らない歴史上の人たちが
実際に使った品々が入ってくるなんて、なんて面白いお仕事なのだろうと思います。
品物を手に取ると、活字の中でしか知りえないその人が確かに存在し、
生きていたのだという息吹が感じられるような気がいたします。
参考文献:
「幕末の三舟 海舟・鉄舟・泥舟の生きかた」松本健一著/講談社選書メチエ
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