「没後90年 鉄斎 TESSAI」展に行ってきました


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赤ちゃんを母(現在休養で鹿児島から上京中)にあずかっていただき、
没後90年 鉄斎 TESSAI」展に行って参りました!
水墨山水が表す、大自然の気に満ちた桃源郷が、
現実社会の喧騒をいっとき忘れさせてくれます。

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幕末・明治・大正と激動の時代を生きた富岡鉄斎(1836~1924)は、学問の道を志し、
儒学者として大成する傍ら、書画の制作に勤しみました。
当時の東西画壇においては、西欧化が次第に進む中で、
鉄斎は先達文人たちが遺した想いに共感し、
たくさんの書物を通じて学び得た世界観を、自らの絵筆により描き出したのです。
そして若き頃から日中のさまざまな書画の優品にふれ、それらの画法に倣った鍛錬の成果が、
最終的にはこれらの諸要素が見事に混ざり合って、独自の画境を築くに至っています。
(図録より抜粋)

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「口出蓬莱図」明治26年/58歳

口の中から神山を現出させるという仙術が描かれているそうです、
豪快で迫力のある絵でした。
後ろで真似をしている様子の童子も微笑ましいですね(^^)

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「放牛桃林図・太平有象図」明治時代/70歳代

実物は六曲一双の大きな屏風絵ですので、
写真の部分は絵のほんの一部分なんですけれども。
のんびりと群れをなす牛さん達が、とてもとても可愛くて:oops:
「モオォォォ~~」というのどかな声が聞こえてくるかのようでした。
咲き誇る桃の木々も美しかったです。

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「看山清談図」明治時代/40代

水墨山水は、科挙制度を勝ち抜いた中国の士大夫(超エリートな方々)たちが
隠棲にあこがれ、理想の桃源郷を描き出したという意味合いがあったそうです。
二人の友が座り(画面下)、人もほとんど来ないような雄大な自然に囲まれながら、
時を忘れて心ゆくまで語り合う。
多忙を極めた士大夫たちにとって、こういった絵を見る(あるいは描く)ことは、
厳しい現実社会をほんの一時でも忘れられる、癒しのひとときであったわけですね。


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