明治12年尋常小学校の卒業証書 /埼玉県川口市で、刀剣の本、やきもの本、芸術書、専門書、古代美術、原始美術などの本、ネクタイピン、ブリキなどお譲り頂きました。

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けさ朝食を作っているときに、またスライサーでザシュッとやっちゃいましてねー:kaminari:
指先を見たら、丸いはずの部分が平らになって・・・

 

ギャーーーー(;:゚;益;゚;)ーーーー!!!

(思い出すだけで鳥肌:kaomoji3:

水にぬれると、思わずたじろいでしまうほどめっちゃ痛くて、
おトイレの後うっかり普通に手を洗ってしまい
「ウガーー!!(;:゚;益;゚;)」
を一日繰り返してました・・・(アホです:kaminari:

そしてこれからお風呂に入るんだよ、こえーよーーー!!(叫)

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さて、気を取り直しまして・・・

明治時代の卒業証書が入ってきましたよ!

 


(お名前の部分は消しております)

6枚の卒業証書が紐でくくられており、
明治12年4月16日の「小学尋常科第六級 前期卒業候事」から始まり、
明治13年の「「小学尋常科第五級」、明治14年の「小学尋常科第四級」が
それぞれ前期・後期と1枚づつありまして、合計6枚になっております。

学校は「第一大学区東京府下 第五中学区公立小学 練屏小学校」。
ググって調べてみたんだけど、んー、
下谷区(したやく。現在の台東区の西側)にあったという
「練屏小学校」のことでしょうかねえ??

子供の名前の前に、「東京府下平民 栄太郎三男」。
身分と、お父さんの名前と、何番目の子供かというのも記入されるんですね。

「小学尋常科第六級」=小学校一年生ということでいいのかしら。
ということは、尋常小学校の入学年齢は6歳からということですので、
この卒業証書の子が生まれたのは明治6年ということですね。

明治6年(1873年)は、ウィキペディアによれば、
ウィーン万国博覧会が開催され(日本が初めて公式参加)、
前年の明治5年の大火で焼けてしまった銀座の銀座煉瓦街の竣工が始まり、
岩倉使節団(木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通ほか)が
日本に帰ってきた年です!∑(゜∀゜)

そしてこの年に生まれたのは
 フョードル・シャリアピン(オペラ歌手/ロシア)、
与謝野鉄幹(歌人)、
セルゲイ・ラフマニノフ(作曲家・ピアニスト/ロシア)
下村観山(日本画家)
泉鏡花(小説家)
川合玉堂(日本画家)
など!

こんな人たちと同い年の人の卒業証書を今手にしているなんて、
うわあーすごいなあ、ワクワクしてしまうなあ!
今から139年も前に生まれた人なんですね!

<追記:ブログを見たかたから、以下の情報をお寄せいただきました!>
当時は現在のように年齢主義ではなかったので、六年で一枚の卒業証書ではなく、
半年ごと、一学期ごとに卒業証書が渡されていたそうです。
なので上記の証書のように、一人に何枚も卒業証書が出ているんですって。
ちなみに、下谷練屏(ねりへい)町というのは、
今の秋葉原のヨドバシカメラから上野方面のあたりだったそうです。
貴重な情報を、どうもありがとうございました!

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今日は埼玉県川口市で出張買取でした。
刀剣の本、やきもの本、芸術書、専門書、古代美術、原始美術などの本、
ネクタイピン、ブリキなどを買い取りました。
どうもありがとうございました!


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