一丁ロンドン~明治時代の丸の内の風景 /東京都杉並区と千葉県市川市で、ワンピース(ONE PIECE)、バンドスコア、DVD、柿右衛門、マイセン、ウエッジウッド、ロイヤルコペンハーゲン、食器、象牙、貴金属などお譲り頂きました。


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本日こちらの本が入ってきまして、興味深く読みました。
「大江戸透絵図(おおえどすかしえず)―千代田から江戸が見える(全国版) 」

この中に、「千代田を彩る建築-明治~現代」というタイトルの章がありまして、
先日行ってきた
ジョサイア・コンドルが愛した日本展」(於:三菱一号館美術館・歴史資料室
にも資料が展示されていた『一丁ロンドン』についても触れられていました。

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栄光の街並み「一丁ロンドン」-日本人建築家の誕生

(抜粋)
明治20年(1887)前後になると、丸の内一帯の兵営は、次第に他所へ移転するようになった。
移転先に煉瓦造の兵営を建てるため、陸軍省は丸の内一体の用地を払い下げて
建設費に充てようと考え、土地は三菱会社に売却された。
払い下げられた後の丸の内は、草が生い茂る野原となり、人々は「三菱ガ原」と呼んだ。
だが三菱はこの土地に近代オフィス街の建設を計画していた。
ロンドンのロンバード街にならった煉瓦建設の街並みを創造しようという計画の設計者として、
三菱はジョサイア・コンドルを招いた。
そしてコンドルは、教え子の曽禰達蔵(そねたつぞう)をその開発事業監督に抜擢したのであった。

明治27年(1894)に竣工した三菱一号館は、
後に「一丁ロンドン」の名で親しまれるオフィス街の嚆矢となった。
左右対称にまとめられたゴシック様式の端正なファサードは、
荒涼とした原野だった丸の内にあたたかな光を投じた。
その後、翌28年の三菱二号館をはじめ、次々にオフィスビルが建てられ、
やがて「一丁ロンドン」は完成する。
曽禰達蔵が恩師との共同で着手し、後に独力で引き継いだ仕事は、
後にも先にも見ることのできないような、美しくそして輝かしい街並みを千代田に実現させた。

残念ながらこの「一丁ロンドン」を、今日私たちはまったく見ることができない。
戦後丸の内の再開発により建物は次々と解体され、最後まで残った三菱一号館も、
保存を訴える声が響く中で取り壊されたのであった。
(抜粋)

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これが、「一丁倫敦(ロンドン)」です!

 

ス・テ・キ・だぁぁーー!!щ(゜ロ゜щ)

 

ああああ、いいなあいいなあ、
今じゃこの辺は高層ビルばかりのコンクリートジャングル、全然風情がないだわよ・・・(涙)

けれども三菱一号館が2010年に復元され、
そして辰野金吾が設計した東京駅(大正3年(1914)完成)も
ただいま復元工事が行われています(2012年10月完成予定)。
この2つの建造物から、現代の我々もかろうじて一丁ロンドンの面影を知ることができます、
ありがたいことです。

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今日は東京都杉並区と千葉県市川市で、
遺品整理、家ごとの買い取りでした。
ワンピース(ONE PIECE)、バンドスコア、DVD、柿右衛門、マイセン、
ウエッジウッド、ロイヤルコペンハーゲン、食器、象牙、貴金属などお譲り頂きました、
どうもありがとうございました!


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