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くまねこ堂・妻のブログ

「三菱一号館美術館~浮世絵 FloatingWorld」行ってきました!


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今日は三菱一号館美術館に行って、
現在開催中の「浮世絵 Floating World-珠玉の斎藤コレクション-」を見てきました。

第一期(浮世絵の黄金期-江戸のグラビア 6月22日(土)~7月15日(月・祝))、
第二期(北斎・広重の登場-ツーリズムの発展 7月17日(水)~8月11日(日))、
第三期(うつりゆく江戸から東京-ジャーナリスティック、ノスタルジックな視線
     8月13日(火)~9月8日(日))
となっており、従って今日見たのは第一期であります。

ワタクシの好きな鈴木春信もたくさん見られて嬉しかったです!
春信の絵の中の美女たちは、ほっそりとして華奢で繊細で、
でも小悪魔的な色香が漂っていてなんともセクシーなんですよね(*´エ`*)


鈴木春信「風流やつし蘆葉達磨」

でもこの絵は、達磨さんが気にかかってしょうがありませんでした(笑)
水面に映る自分の顔を覗き込む達磨さんの表情は、物憂げに見えます・・
何か悩みでもあるんでしょうか、いったいどういうお話なのかしらね、気になる!:kaomoji2:

 

 


鳥居清長「江之嶋の渡し」

今回、こういった長細い作品がいくつも展示されていたのですが、
これは「柱絵(はしらえ)」といって、「江戸の長屋には床の間などありませんが、
柱なら必ずありますので、柱に貼って楽しんだ」のだそうです(図録より)。
上の写真は、このページに載せる都合上、上と下をトリミングしてしまったのですが、
本当は上下にもっと長い絵です。

この絵は、若者が娘さんを肩に担いで、江の島へ渡る様子が描かれています。
江戸時代にはこうやって、川で肩車をして人を運ぶ職業があったわけですね。

若い娘さんを肩車する筋骨たくましい若者の表情はストイックですが、
当時の女性は下着をはいていなかったそうですし、
ほのかなエロスを感じさせます(*´艸`*)

 

 


鳥高斎栄昌「扇屋内 花扇」

しわしわの象さんが可愛いので選んでみました(笑)
浮世絵に出てくる象って、なんだかみんなこんな感じだよね:mrgreen:

 

 

 そして今回、写楽の絵も数点見れました、やっぱりグッときた! 

 
東洲斎写楽「二代目市川門之助の伊達与作」

東洲斎写楽は、
「寛政6年(1794年)から翌年の寛政7年にかけての約10か月の期間内に、
約145点余の錦絵作品を出版したのち、忽然と浮世絵の世界から姿を消した
謎の浮世絵師として知られる(ウィキペディアより)」

この絵は、歌舞伎役者・二代目市川門之助(寛保3年(1743年)- 寛政6年(1794年))が、
「恋女房染分手綱」の中の”伊達与作”という役を演じているときのものだそうです。
様々な不運に苦慮し困惑する役どころだそうで、
絵からはそんな内面もしっかり伝わってきました。
ちなみに二代目市川門之助はこの絵が描かれた半年後に51歳で亡くなったそうで、
「あと半年で亡くなる市川門之助の何か力の無い様子も感じられてならない。」と
解説にはかかれています。確かに・・・。

才能ある人が乗り越えなければいけない壁 /東京都大田区南馬込、千葉県市川市で、PCゲーム、PS2、ニンテンドーDS、PSP、Wii、専門書、学術書、歴史書、宗教学、妖怪学の本などお譲り頂いました。


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前回の記事でご紹介した「まことの花」(五十六世 梅若六郎/世界文化社)を
読み終えました、面白かった!
本の中には様々な人の興味深いエピソードが載っていましたが、
榊莫山(さかきばくざん・1926年-2010年)についても触れられていました。

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書家の榊莫山さんにも、書家人生でいえば、「食えない」空白の十年間があった、といいます。
先生は三十歳をむかえるころ、当時所属していた二つの書の団体で、
いずれも連続して最高位を獲得され、無審査で作品が展示される、
いわば幹部同然の待遇を受けるまでにのぼりつめるのですが、
三十二歳のころ、自らの意志ですべての肩書を捨てて、野に下ります。
昭和三十年代の初めのころのことだ、といいます。

それからの十年あまりがたいへんだったようで、団体を離れての作品の発表は
画廊やデパートでの「個展」を開いたのに、ショー・ウインドーのガラスを割られたり、
作品を直接、刃物で切りつけられたこともあったようです。

書道界の旧態依然とした”厚い壁”にはばまれた先生は、奥さんに手弁当をつくってもらい、
それとカメラだけをもって、明日香をはじめ、奈良や京都の寺々の扁額や
路傍の道標などを見て回ります。師は何も美術館や博物館にあるだけではない、
というのが、その真意だったといいます。
「とても家にはじっとしておれんかった」
と後年、当時の心境を振り返って、親しい編集者にもらされたそうですが、
言葉にならない怒りやもどかしさに打ち震えておられたのに違いありません。

この発言にしてもそうですが、先生には現在まで百冊を超える著書があるにもかかわらず、
団体を離れた理由にしても、先生の言葉でいう”野ゆき、山ゆき”を始められたいきさつについても、
先生はただ事実を述べられるばかりで、何の記載もしておられません。
「書けば、グチや恨みごとになり、自分も傷つき、読者も不愉快になるばかりで、
 そこからは何も生まれない」
といった基本認識があるからでしょうが、先述した、ふと編集者にもらされた呟きにしても、
学校の教員をしながらその間の先生を物心両面から支え続けられた奥様への配慮から
出た言葉なのに違いないでしょう。
私はこうした心映えに惹かれるのです。

先生は結局、昭和四十年(1965年)、放浪暮らしの成果として『野の書』を出版され、
それを機に、ちょっと一息つかれるわけですが、編集者から聞いて少しばかりわかった
「書かれなかった理由やいきさつ」の部分と、三十代から四十代にかけての
”不遇”の歳月を思うとき、初世・梅若実に通じるものを感じて、自然、頭が下がるのです。
(抜粋)

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文章の最後にお名前が出てきました
初世・梅若実(文政11年5月26日(1828年7月7日) – 明治42年(1909年))は、
著者・梅若六郎(玄祥)のひいおじい様に当たる、明治期の伝説的な能楽師です。
その類まれなる才能と実力で、明治期の能楽界を復興させた偉大な能楽師となるのですが、
そんな初世・梅若実にも、若かりし頃はその才能ゆえに仲間の嫉妬を買い、
苦労をさせられた時期があったようです。
白洲正子の「梅若実聞書」に、こんな記載がありました。
(「梅若実聞書」は、白洲正子が二代目・梅若実の語りをまとめたものです。)

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父(初世・梅若実)の若い頃には、今と違いましていろいろ好い事もありました反面、
ずい分ひどいいじめ方もされたようです。
昔は何てますか、ひがんだり恨んだりすることが多くて、
父が奥詰になりました時なんぞ、それをねたんだのでしょうが、
楽屋で弁当をあけようとしますと風呂敷が釘づけになっています、
あけてみると中に灰がはいっている、
それを怒ったりしますと稽古をして貰えませんので、
仕方がないのでだまっているより他はありません。

(中略)

ある時なぞは、今始まっている能の次へ急に「安達原」を舞えと言われまして、
お受けしたのは観世大夫でしたが、楽屋の者がそれをねたんで、
新参者メが、と言って白い眼で見ます。
父は父でまだろくに稽古してありませんので、お型が危いのですが、
命令ですから断る事は絶対に出来ません。
両方の板ばかみになって、辛いおもいで、無事には勤めましたけれど、
その時の気持ってなかったとしじゅう申しておりました。

(抜粋)

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今まで色々な本を読んできましたが、やはりどの世界でも、
才能のある方々は多かれ少なかれ必ずといっていいほど
こういう目に遭っているのだなあと感じます。
必ず乗り越えなければいけない試練なのでしょうね、
でもきっとこれを乗り越えて、皆さん素晴らしい結果を出されるんだろうなあと思います。
人様を妬まないようにしなくっちゃね!
そんな暇があるんだったら、自分で努力しろって話です:body_stretch::ase1:

 

古本あるあるサプライズ


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「まことの花」(著:五十六世 梅若六郎/世界文化社)を古本で買ったら、
梅若六郎(玄祥)さんの直筆のサインが入っていました、ラッキー!∑(゜∀゜*)

古本だとこういう嬉しいサプライズ、たまにありますよね~(^^)

 

少し前の話ですが。
先月の6/23(日)に、ワタクシの大好きな観世喜正さんが白獅子を務める「石橋」を
観にいくことが出来ました。
予想通り、超良かったよおぉぉぉぉ~~!!:hoshi1::hoshi1:
もう、舞台に出てきたときから”何か”が違うんですよね、
月並みな言い方ですが、「オーラ」としか表現できません。

舞台に登場し、橋掛かりを歩いてこられたときに、
遠目で見ていて最初「何か乗り物に乗っているのかしら!?(゜□゜)」と
錯覚してしまったくらいでした。
それくらいなめらかで滑るような動きで、人が歩いているとはとても思えず、
正に白獅子という、この世には存在しない”神獣”が舞台に現れた瞬間でした。

そして始まる勇壮な獅子の舞、大迫力!ダイナミック!
ずーっとずーっと見ていたくて、思わず「時よ止まれ!!(;;≧Д≦)」と
願わずにはいられませんでした。

赤獅子を務めた永島充さんも素敵でした、とても美しい端正なバリトンで、
またぜひ舞台を観てみたいです!

ちなみにこの日、隣の席に座っていた、美しいお着物をお召しのステキなマダムが
休憩中に話しかけてきて下さいまして、楽しくおしゃべりさせていただきました、
とっても楽しかったです、どうもありがとうございました!
やっぱり私も謡を習ってみたいなあ、面白そうだなあ、、、(;゜∀゜)ドキドキ
小さい頃からお稽古事は散々やってきましたので、 
もう二度とやるまい!と思っていたのだけど。
またあっさり気が変わっちゃいそうだなあ(笑)

サノッチ、2年間ありがとう!


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今日は、2年間アルバイトを務めてくれたサノッチ(♂)の
就職祝い&お別れ会でした。
もちろん新しい門出を心から祝福しつつも、でも寂しいですねえ(*´;ェ;`*)
2年前、くまねこ堂が現在の地・江東区に引っ越してきて
最初に採ったバイトさんだったので、
なんというか今のこの江東区でのくまねこ堂を、一緒に作ってきてくれたという感じです。

いつもおだやかな草食系で、職場で癒しオーラを醸し出してくれていたサノッチ。
うちに来た当初はひょろっとしていたけれど、
毎日の古本運び・荷運びでたくましくなり、
以前はできなかったという”けんすい”や”うんてい”もできるようになったというサノッチ(笑)

2年間ほんとうにどうもありがとうございました、
新しい職場でのご活躍を、心から応援してます!
またいつでも遊びに来てね~、きっとだよ~!:wa-i:

(サノッチからいただいた超可愛い猫ドーナツ!Thanks!)

化け猫にゃんの浮世絵ですよ!


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くまきち(夫)が、

「ブログのネタになるかな~~と思って(^ω^)」

と、市場で浮世絵をいくつか落札してきてくれました、
どうもありがとう~~!(*´Д`)  (^ω^)ゞ

 


「東都三十六景之内 山下御門 古猫の怪 坂東彦三郎」 画:豊原国周

あら、化け猫ーーー(*゜∀゜*)ーーー!!

・・・・しかし私もくまきちも、この絵を最初見た時は、

「豚の耳・・??」(゜Д゜) (゜ω゜)

 

 

と思いました!(笑)
そーかそーか、これは猫耳であったか!

するとこれは、猫手なのだな!(;゜∀゜)ハアハア

んまあ~~~、立派な鉤爪だこと!(*´エ`*)

こちらも歌舞伎の浮世絵ですが、中国風の衣装がゴージャス!!


「筑前守久吉 中村歌右衛門/輝若君 坂東勝次郎」画:一勇斎国芳

すごい華やかですねー!

しかし上の絵も下の絵も、いったいどんな歌舞伎の演目だったのでしょうねえ。
少しググってみましたが、よくわかりませんでした、、、

楽しい落書きシリーズ!お母さんも参戦だ!

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定期的に入ってきてくれますねーーー、
40年位前の子供さんの、楽しい落書きシリーズ!!(笑)
また色々と、落書つきの5円引きブロマイドが入ってきましたよ。
たとえばこちら。

 

「どろぼうに おやつ ぬすまれたんだよ」

 きゃーーー、タイヘン!(;;゜∀゜)

ちなみに、表面はこちら。
ちびっこ怪獣ヤダモン(ビープロ)」だそうです。

 

 

こちらには、唐傘オバケが書かれています。

 

きっと、これを見て描いたんでしょうね!(^^)

「大映映画 妖怪百物語」

 

そしてこちらの、ニャロメの5円引きブロマイド。

 

裏面には、
「ニャロメー ケムンパスでやんす」と子供さんが書いていますが、

 

お母さんに出前のメモに

されちゃってます!!(∥゜∀゜)

 

カツ丼、ざるそば、うどん、
うんうん、これぞ昭和の出前の代表的メニューですよね!

 

濃密すぎます!満州古絵葉書、新京駅前みやげ


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満州の古い絵葉書が入ってきたんですが、
これがなかなかユニーク(?)で・・・

「楽しい瞑想」
何かしら、ぐッと力強く抱き締めて欲しいやうな衝動に駆られ乍(なが)ら、
凝ッと耳を澄せば、コツ、コツと青春の跫(あしおと)が聴えてくる—
微(かす)かに歓びの訪れる音が・・・・・。
(当世満州佳人風俗)

 

なんだか恥ずかしいーーー!!(;;´艸`)

こういうキャッチコピーとか文章って、時代によってセンスがだいぶ違いますよね(笑)
ちなみにこの葉書は、1932年~1945年の物と思われます。
なぜなら裏面にこんなスタンプが押してあるからです。

 

「新東京駅前 満州土産品陳列所」とあります、
ウィキペディアによれば、
「1932年(大同元年)3月14日:長春市が新京市に改称したのに伴い新京駅と改称。
 1945年:第二次世界大戦で日本敗戦、満州国解体の為長春駅と改称。」
とありますから、この間に作られたハガキというわけですね。

・・・・ところでこのスタンプにも、ツッコミたくてしょうがないのですが・・・・・(;;-_-)

なにこのブサカワなゆる~いキャラは!?
トラですかっ!?щ(゜□゜)щ

 

 

もう1枚行きます!

「濃厚の脂粉」
『今宵、妾(わたし)が此の部屋へ、斯うして来たのは外ぢゃない。
 お前さまもびくびくと、初心(うぶ)な仕草は止(や)めなされ。
 お前も若いし、妾(わたし)も若い・・・』
これは有名な”口説き”の歌デス。
まさか彼女が・・・・・・・・・・・・。
しかし、まア、なんと煽情的な姿態(ポーズ)よ。
(当世満州佳人風俗)

「濃厚の脂粉」なんて、タイトルからしてやはり今のセンスとは違いますよね(笑)
白粉の、濃密な甘いにおいが漂ってきそうです。

徳川慶喜の美しき長女、鏡子


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今日はこちらの本を読んでいたのですが、

「カメラが撮らえた 最後の将軍と徳川一族」新人物往来社

徳川家の女性たちは、お美しいかたが多いのですねえ・・
例えばこのかた、徳川鏡子さん(写真右)。
徳川家最後の将軍、徳川慶喜の長女です。

鏡子さん13歳(数え年)のとき。
ちなみに左に写っているおばあさまは、祖母の徳川吉子さん。
水戸藩第9代藩主・徳川斉昭(偕楽園を作った人ですね)の正室であり、
慶喜の生母だそうです。

 

鏡子さん18歳ごろ(数え年)のとき。
右は娘の須美子(喜美子)さん。
鏡子さんは4人の娘さんをもうけたそうです。

 

鏡子さん19歳(数え年)のとき。

・・・そしてこの写真の2年後、わずか21歳(数え年)で夭折、
その短い生涯を終えたのだそうです。(1873~1893年)
しかも数え年で21歳ということは、満年齢で20歳ということですよねえ?
若すぎる、かわいそう・・・

 

 

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